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リビングウィル (生前意思)と超高齢化社会について

2018/11/13
 
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超高齢化社会について

多死社会と聞いて、縁起でもないと思われる人がいるかもしれません。しかし 、超高齢化社会に直面している日本にとって、その次に必然的にやってくる多死社会は避けて通れない道なのです。

1980年代後半まで横ばいだった死亡者数は1990年代に入ると右肩上がり増え、2015年には年間約130万人の人が亡くなっています。

今後もこの傾向は続き、2040年ころにピークを迎え、その数は160万人を超えると推計されています。 多死社会を迎え、私達はどのような問題に直面していると思いますか?

死に場所の問題について

一つは「死に場所」の問題があります。現在、日本人の80%は病院などの医療施設で人生の最期を迎えています。ところが今後、病院、診療所の病床は医療の適正化、効率化を図る政策(地域医療構想)のもとに減少していくことが予測されています。

一方で亡くなる人は増えていくわけですから 、今のままでは多くの人が死に場所を失うことになりま す。このような予測を踏まえ、国は終末期の医療を在宅診療、在宅看取リヘ大きく方向転換を図ろうとしています。

しかし 、それぞれの地域で在宅や施設で看取りをするための仕組みづくり や 人材育成はまだ十分とは言えません。現在、「医療介護総合確保推進法」という法律のもと 、地域包括ケアの仕組み作りが進んでいます。

地域包括ケアについて

地域包括ケアは、病気の治療や介護が必要になった高齢者が最期までその地域で自分らしく生涯を全うできるようにする仕組みのことです。

今後、その成果に期待したいと思いますが、このような仕組みが出来上がったとしても、もう一つ大きな問題があります。

死に対する意識について

それは、私達の「 死」に対する意識です。死生観といっ てもいいかもし れません。医学の進歩は一面において人の死との闘いでもありました。

死は敗北であり、最後の最後まで可能な医療を続け、 1分 1秒でも長生きさせることが医療の務めだと考えられてきました。

この考えは多くの人に受け入れられ、今では病院で亡くなることが一般 的となりました。しかし、アンケート調査では50%以上の人が慣れ親しんだ自宅で最期を迎えたいと願っているのに多くの場合、その願いが叶えられていません。

治る見込みがない癌患者さんや高齢者が病院で人工呼吸器に繋がれ、何本もの点滴を受けながら 、家族にも看取られず、最期を迎 えているのです。

不慮の事故で予期せず命を落としてしまうことには心が痛みますが、老いて、病になって迎える死は決して忌み嫌うべきものではないように思います。

終わりに

様々な生き方があるように様々な最期の迎え方 があると思います。このために大事なことは人はいずれ死ぬということを受け入れ、自分が望 む人生の終り方を元気な時にリビングウィル (生前意思)として、家族と話し合い、残しておくことではないでしょうか。


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